北野武『新しい道徳 「いいことをすると気持ちがいい」のはなぜか』老人に席を譲る子ども

新しい道徳

まず、最初にお願いしておきたい。

他人のいったこと、他人の書いたこと、あるいは他人の考えたことを、そのまんま鵜呑みにする性癖のある読者は、ここですぐさま本をパタンと閉じて捨ててしまっていただきたい。

あるいは、どこかの川かなんかの名前のついた本屋にでも売り飛ばせば、少しは金になるかもしれない。その方が、絶対にためになる。

これから先は、読んではいけない。

覗いてもいけない。

大変な目にあうから、やめておいた方がいい。

万が一、この忠告に従わず、その結果いかなる不利益をこうむろうとも、俺は知らない。

それだけは最初にいっておく。

映画のような書き出しではじまる『新しい道徳 「いいことをすると気持ちがいい」のはなぜか』。

たけしさんはホント何をやっても様になります(大ファンだったりします)。

本作は「北野武」名義で書かれたビートたけしさんの著作です。

アカデミック(堅実なさま)な場所で使われる「北野武」名義の著作といえば、ロッキング・オンから出版されている『余生』『孤独』などの自叙伝シリーズが有名です(最新作は『やり残したこと』)。

※たけしさんの著作は、基本的に口述したものをライターさんが文章に起こしています

『間抜けの構造』などビートたけし名義も面白いですが、北野武名義には「本当に芸人?」と思うほど、鋭い視点で世の中を見つめた言及が数多くあります。

と書くと、「芸人は鋭い視点を持っていない?」となってしまいますが、そんなことはありませんね(汗) 文化人としての一面を見ることができます。

なんて言いながら、「オネーチャンの尻を追いかける」なんて記述もあるので、「やっぱりたけしさんだ」と思ったりもするのでした(笑)

 

『新しい道徳』

本作は全5章で構成されています。

  1. 道徳はツッコみ放題
  2. ウサギはカメの相手なんかしない
  3. 原始人に道徳の心はあったか
  4. 道徳は自分で作る
  5. 人類は道徳的に堕落したのか?

 

まるでクスリの効能書きみたいに、「いいことをしたら気持ちいいぞ」って書いてある。

僕は『新しい道徳』を読もうと思った前にWebサイト(たしかBLOGOSだったような?)で特集された記事を読んでいました(現在は削除されています)。そこで印象的だったのが、第一章「道徳はツッコみ放題」にある以下の内容です。

道徳の教材に、こんなイラストがあった。電車の席に座った子どもが嫌そうな顔をしている。隣の大人は眠ったふりをしている。目の前に年寄りが立っているからだ。大人も子どもも、席を譲りたくないんだろう。

さらに、そのイラストには、こういう問いが付けられていた。

「こういうときは、どうすればいいか、みんなで考えましょう」

一応、みんなで考えて答えを出すことになっているわけだが、正しい答えはもちろんはじめから決まっている。「席を譲らなくてもすむように隣の大人と同じように眠っているふりをする」という答えに、まさか先生がマルをくれるはずはない。

「どうぞ」といって年寄りに席を譲るっていうのが、正解なのだろう。

……これは、嘘じゃないのか? 嫌そうな顔をしているのは、席を譲りたくないからだろう。その気持ちには正直じゃなくていいんだろうか。

ほんとうは座っていたいのに、年寄りには喜んで席を譲るふりをする。

これは子どもに嘘をつけといってるのと同じことだろう。

それで、いいことをすると気持ちがいいよ、なんて書いてある。

ここだけを抜粋すると語弊があるかもしれません。「違う」という方もいると思います。

ただ、ひとつのことを違う見方で見るということは大切です。本書にもあるように、いい気持ちになるというのは「自分で発見してはじめて意味がある」だと思います。

 

昔に較べて世の中は自由になったんだろうけれど、その反面で、知らない間に誰かの領民にされている。

第二章「ウサギはカメの相手なんかしない」では、現在のIT社会についての言及がメインになっており、IT業に従事する方は、特に面白いはずです。

一人の人間が一日、どれくらい他人と「会話」しているのか見当もつかないけれど、大雑把に平均したら、その半分くらいはSNSだのメールだのを経由しているんじゃないか。

そういうものを経由しているってことは、そこにカネを払っているということだ。

実際にカネを払っていることもあれば、間接的に払っている場合もある。無料だからって安心していたらいけない。世の中の人がSNSに費やしている膨大な時間は、いろんな仕掛けでカネに換算されるのだ。

「最近テレビを見なくなって」と声高々に言う人が多くなりましたが、その時間をSNSで消費していたら、まったく同じことになります。そこには「繋がり」というまやかしの言葉があるため、テレビ以上に気づきにくいのも厄介なところです。

 

友だちが一人もいなくたって、幸せに生きてる奴はたくさんいる。

第三章では歴史を原始時代まで遡って「道徳」について考えます。続く、第四章では「道徳は自分で作る」ことが書かれます。

友だちがいてよかったなっていうのはあとから思う話であって、友だちなんてものは何かの目的のために作るものではない。

だいたい、役に立つからって友だちを作るような奴と、誰が本気で友だちになりたいだろうか。そうでもしなきゃ、今の子どもはなかなか友だちを作ろうとしないのか。

友だちなんて、無理して作らなくたっていい。

友だちが一人もいなくたって、幸せに生きている奴はいくらでもいる。

最近のSNSブーム(ようやく落ち着いてきましたが)の影響もあって「友だち」や「繋がり」が重要視されている気がします。とりわけ実名制SNSでは「誰とつながっているか」がステータスになることも…。

なかなか窮屈な生き方のように感じます。

 

今日のまとめ

たけしさんならではの視線で語られる『新しい道徳 「いいことをすると気持ちがいい」のはなぜか』は、今の時代に疑問を覚えている方に特におすすめの一冊です。

あ、そうだ、忘れてた。

時間のないせっかちな読者のために、最初に結論を書いておく。

結局、いいたいことはひとつなんだから。

「道徳がどうのこうのという人間は、信用しちゃいけない」

きちんとオチがあるってのもカッコ良いんですよね。