「0から1」について語られた記事まとめ(ピコ太郎、亀山敬司、小島秀夫)

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最近、偶然「0から1」について語られた記事を3つほど見つけました。

どれも個人的に好きな方々の発言です。

ということで備忘録の意味も込めて、3つの記事をまとめたいと思います。

クリエーターとプロの役割分担

ひとつめはNewsPicksの特集「ピコ太郎に学ぶ「世界で愛される方法」」から「【ピコ太郎】バズるための「3つの条件」」。

あの音楽が計算されたものというのは有名な話ですが(古坂大魔王は音楽の知見もある)、記事の中でクリエイター(記事では「クリエーター」と表記)とプロの役割について、このように述べています。

一番最初の流れをつくったのは、やっぱりクリエイターだと思います。まずゼロイチはクリエイター。そして1から10はやっぱりプロがやる。

このクリエイターがパワーを持って、僕が熱を持てば風が起こると思ったんです。熱を持ったところから台風は起こるんですよ。

(中略)

さっき言ったように、ゼロイチ(0→1)はクリエイターなんですが、イチヒャク(1→100)はやっぱり、集団とプロとシステムなんですね。

avexには、英語や中国語をしゃべれる人はいっぱいいます。これが、お笑い事務所だったら無理だったかもしれないですね。

たまたまavexがレコードレーベルだったから、うまく世界に展開できたんだと思います。特にavexは海外の音源をずっと取り寄せて契約しているんで、契約ビジネスが早かったです。

きっかけを作るのは「自分(クリエイター)」、あとは「プロ」というのが印象的でした。

自由研究は完成しなかった子どもが経営者になれた理由

続いては、文春オンラインの「夏休みの宿題で人生が決まる?#13 亀山敬司の場合」です。

ちょっと長くなってしまいますが、引用します。

仕事の進め方も同じような感じで、新しいことは思い付くんだけど、計画や予算組みをちゃんとヤらないまま、とりあえず始めて散らかしっぱなし。その後、アイデアを追いかけるように社員に経費精算やルール作りを整備してもらって続いてる。

会社の経営には「起業」と「運営」があるけど、これは全く違う能力で、起業家がいないとビジネスは始まらないけど、運営家がいないとビジネスは続かない。

(中略)

俺の場合は、「0から1」作ったビジネスを「1から10」成長させてくれる運営スタッフに恵まれていたから、安心して新しいビジネスを手がけて成長できたのでラッキーだった。

世の中では元を作った1人の「起業家」がもてはやされ易いけど、それを実現する100人の「運営家」がいないと会社は成り立たない。その自覚があれば、ひとりじゃ何もできなかった子供でも「経営者」を名乗れることもあるってことかな。

「DMM帝国」を作ってこれだけ「謙虚」というのもスゴいことですよね。

「運営スタッフに恵まれていたから」と言える亀山敬司さんがとても素敵です。

ゼロを1に変える人が尊重されるべき

最後は東洋経済オンラインに掲載された小島秀夫監督(『メタルギア』シリーズの親)の「コナミを辞めた小島秀夫が語るゲームの未来」。

日本での一般的な知名度は芸能人ほど高くありませんが、世界的に有名なゲームクリエイターです。

これからのゲームはユーザーによる改変も普通になると考えられるので、著作権の考えも変わらざるをえないでしょう。

(中略)

今後、2次創作のクリエイターも含め、クリエイターがさらに才能を発揮できる環境を作るためにも、ゼロを1に変えるクリエイターが尊重される「クリエイター主義」であるべきだと思います。

ピコ太郎さんと同じく「クリエイター」からの視点です。

小島秀夫監督の場合は、ご自身の経緯(コナミ退社)もあるので、人一倍「生み出すことの価値」について強いものを持っているのだと思います。

今日のまとめ

「誰が正しい」という意味ではなく、たまたま近い期間で似た内容(「0から1」)について言及があった記事だったので、興味深くてまとめてみました。

ピコ太郎さんは、自分で作って、「企業」が広めてくれた。

亀山敬司さんは、自分がトップで「1」を作り、「部下」が運営してくれた。

小島秀夫さんの場合は、最初は「会社員のひとり」として「1」を作ったけれど、作品を(語弊を恐れないで書くと)人質のようにされてしまった…。

そんな異なる立場なのも興味深かったです。